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あむあむあむ

●「テンミリオン道中」

44 【山あいの村→コロシアム】

  草木がまばらになってくる。目指すコロシアム一帯は広大な荒野らしい。乾燥した地に身を隠す場所はなく、魔物の目から逃れることは出来ない。いつ戦闘になっても大丈夫なように。ブロントはそのような指示を出していた。
 初めて目にする魔物、ゴブリン。これからはこのゴブリンが魔物構成の主となるらしい。ならばここで後れを取るわけにはいかない。五体、一行はコロシアム歩哨部隊の襲撃を受けた。
 剣を抜く、魔術書を開く、矢を番える、槍を構える、拳を握る。後方に下がる。
 息巻くゴブリン達。戦闘前の静寂を味わいもせず、凶矢。しかし討伐隊隊長、王手は早過ぎるだろ。剣を抜き出すと同時に矢を割り、後塵を残す。戦闘の合図。追随するジルバ、リン。
 剣三つ、弓一つ、魔法一つ。敵の構成はこちらと似ている。討伐隊の突撃。迎撃の矢、応戦の剣。一閃。芯のない矢は一振りで死んでしまう。見開く弓ゴブリン、笑うブロント。立ちはだかる剣ゴブリン。剣戟が嘶く。追う二人にもそれぞれ剣ゴブリンが一体付く。
 槍の貫撃を剣で防ぐのは容易ではない、しかしこのゴブリンは達者であるようだ。骨を貫く豪の矛先を上手くずらしていく、突き、逸らす、突き、逸らす。そして繰り出される死の中より反撃の機を窺う。槍は柔軟・敏捷に劣った得物である。先端を潜ってしまえばそれは重い棒に過ぎない。威力こそは恐ろしいが、単調。以上の評を下したゴブリンの剣が牙を剥く。ジルバの顔は読めない。リンは笑みさえ見せる。彼女が体を傾けるとそこを剣撃が通る。まるで事前に打ち合わされた動きであるかのように、尽く躱す。剣圧を耳で楽しむ。汗を飛ばすゴブリン。基本の積み重なった攻撃のリズムはリンの身体に容易く馴染んでいく。日々の鍛錬の準備運動にも劣る機械的な殺意、見切り完了まで後少し。しかしそれを妨げるべく後方の弓兵が矢を放った! 反撃は牙はしかし。魔物の脚が跳び退く。惜しかったぜ、お前動き良いな。槍の切っ先を向け、ジルバ。戦闘が始まって間もない、しかしゴブリンは息を乱す。疲れからではない、死の恐怖からである。剣を握る掌が汗に浸る。先端を潜ったゴブリンがその先に見たのは、先端だった。おかしい、しっかりと槍はいなしたはずなのに。槍を二本持っているのか、ってか? ジルバが図星かと笑う。口角を上げるリン。見逃すはずがなかった。自らへ放たれた矢、空気を切り進む疾風をいとも簡単に掴む。これも鍛錬以下。しかしそれを好機と剣を振り下ろすゴブリン。大振り。見逃すはずがなかった。疾風は一つではない。振り下ろす腕に深々と突き刺さる矢。力を失い零れ落ちる剣と、その向こうのブルース。音さえなかった。正解はな、ジルバが意地悪く笑う。既にゴブリンの戦意は摘み取られていた。突くのが尋常でなく速いんだな。次の瞬間、ゴブリンに槍の豪雨が降り注いだ。雨に潜り込むことは不可能、突き突き突き、逸らせず。ゴブリンは呑まれた。アシストしなくても良いのに。でも、こちらこそが好機。剣が落ちるよりも速く。魔物のおとがいを蹴り抜く。どうして剣を落してしまったのか。天へ伸びる右脚。どうして倒されたのか。白目を晒す顔面。覚えるまでもなく、遣った。
 後方の弓兵は眼前を信じられずにいた。一方的過ぎる。これほどの短時間で、既に二体がやられている。残りの一体もこの調子では危ないかもしれない。何より、完全に虚を突いたと確信した先程の一撃。一触で処理されるとは。それにあのアーチャー、自分よりも数段上。
 だが、残る魔法兵は戦意を失っていなかった。戦闘開始時より密かに取り掛かっていた魔法が練り上がったのだ。これで逆転、ゴブリンがニヤリと下卑る。サムズアップでブルースと健闘を称え合ったリンが気付く。ジルバも槍を立て訝しむ。書物を手にしたゴブリンの上に、雷雲。見たことのない魔法。魔物が甲高い声で何事か叫ぶ。
 刹那を切り、雷雲が雷の針を一本吐き出す。目の裏に残る閃光、着弾。地面を抉り、枯れ草を燃やす。投槍に近い、ジルバが推す。リンは雷雲を睨む。と、ゴブリンの下劣が頂点を極める! 察したブルースが退避を叫ぶ! リンが横に跳ぶ! 無数の雷針が放たれる!
 目が眩むようなスパークと、次々に吹き上げる着弾の土埃。周囲の岩を穿ち、枯れ木を倒す。これは駄目だ、ジルバが退避。しかしリンは只中に居た。紙一重で避ける、避ける。瞬間瞬間の安全地帯へ身を滑らせ、命を繋いでいく。視覚、聴覚を乱す雷音のジャミング。退避退避! ブルースの叫びは届かない。
 舌を打ち、ブルースは後ろの守りに徹する。こちらへと流れ出る雷針を矢で撃ち落とす。一方的な銃撃戦、幾らリンとは言え避けるのが精一杯であろう。敵の魔力切れを待つか、あるいは。進捗を確認する。雷雲の真下に居るゴブリンは狂ったように笑い転げている。完全防備ではあるが、発動した後で何らかの操作が出来るわけではないようだ。
 懐へ飛び込めば一撃で終わる。リンには躱せない地獄ではなかった。しかし、近付くことも出来ない。一歩近づけば、一歩退く。そのような展開が続く。ゴブリンの魔力か、こちらの体力か。リンは持久戦を覚悟する。
 しかし、勝負は既に決していた。巻き起こる魔力の渦にゴブリンの抱腹が停止する。胸を撫で下ろすブルース。そして、得意気に微笑むマゼンダ。
 魔力の渦は更に大きくなる。魔法に明るくない者でもしっかりと視認出来る、魔力の昂り。マゼンダが鋭気に頬を染める! 緑の装束がはためく! 書を振り上げる! 渦の中を炎が走る!
 さながら龍。火を千切る嵐、石は散り空をも焦がす。焼ける赤が巡る魔力の体躯が、一帯の破壊を吸い込み放出を待つ。炎の竜巻の唸りと共に、魔法が完成した。
 体を硬直させるゴブリン。眼が痙攣している。天地を繋ぐ龍の巨躯に、身を縮める雷雲。マゼンダが書を持つ手をぐるぐると回し、攻撃対象へと振り下ろすと、龍は鎌首を向ける。竜巻の口が雷雲を捉える。槍と見間違う程の雷針も、竜巻の前では爪楊枝。必死の抵抗と雷を撃ち出すも、児戯に等しかった。雷雲を呑み込み一際大きく巻き上がると、竜巻は大気に雲散。後の空には、荒野の太陽だけが輝いていた。
 腰を抜かす魔法ゴブリン。辛うじて炎の龍に食われずに済んだようだ。書を放り捨て、脇目も振らずにつんのめりながらも逃げ出す。しかし。
 はーいどうもー冒頭以来でーす。仏の顔のブロント。立ちはだかる大将にすっ転ぶゴブリン。そして、辺りを見回す。こいつと戦ってた剣は! そういえば弓は!
 あ、すみません、倒しちゃいました。聖母の顔のブロント。辺りには地に臥したゴブリンが四体。ゴブリンの顔が恐怖に歪む。
 それでは、僭越ながら、私めが。鬼の顔のブロント。
「い、命だけはっ!」
「……」
ブロント「……」
ブロント「……」
ブロント「喋った! こいつ喋った!」
br.png「人語を解する魔物も存在するんだよ!」
ma.png「オーガーも喋ってなかった?」
br.png「うん、喋ってたはず」
goburin.png「い、今の内に!」
zi.png「逃げたぞ!」
goburin.png「I'll get even!」
ブロント「英語も喋った!」
br.png「しゃ、喋ったね」
ブロント「ゴブリンガル! ゴブリンガル!」
br.png「何それ。あーあ逃げちゃった」
ブロント「キャッチ&リリース。釣り人の心構え、だな」
br.png「意味が分からない」
te.png「さぁ皆さん回復しましょう!」
ma.png「テミ、我の時間ぞとでも言いたげね。でも」
te.png「誰も怪我していないではありませんか! 未熟者!」
zi.png「称えろよ」
te.png「あ、リン! 裾が破れてます! ほら!」
ri.png「本当だ。さっきの魔法の時かな」
te.png「すぐに直しますね!」
br.png「それ直しても経験値にはならないよ」
te.png「はっ! やっぱり自分で直してください! 人に頼ってばかりではいけません!」
ri.png「ご、ごめんね」
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Date:2014/10/18
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